サラダブロジェクトさん

 

 

:まずどんなことをされているのかを、教えて下さい。

川井:宇都野さんのところは農園をやってらっしゃっているんですよね。なんていう農園?

宇都野信清さん(以下宇都野):特別に名前決めてないですけど、宇都野農園ですかね。

川井:宇都野農園さんはどこかに出荷されているのですか?

宇都野:色んなところに出荷しています。

川井:確かお米も作っているんですよね。それも無農薬?

宇都野:米は母親が中心になってやっているのと、オペレーターって言ってそういうのを専門的にやるところに頼んでるものも多いんです。農薬かけないでくれとは言ってありますけど、残念ながら除草剤はかかっちゃってますね。

川井:サラダプロジェクトさんとしてはどういう活動をされているんですか?

宇都野:サラダプロジェクトは、福島の会津若松市の知り合いのところへ、3月の21日頃に連休を取って遊びに行く予定があったんですよ。そうしたら2011年の3月11日に震災が起こってしまって、でもせっかくなので支援物資を持って行こうと思ったんですね。というのも、会津若松では福島第1原発が立地していた大熊町っていうところの役場がごっそり避難していてごった返していたもんですから、支援物質が必要だろうということで。で、すったもんだの末 結局持っていったんです。大変なことになっていたことが分かって。

川井:向こうが?会津若松自体も大変なことになっていたんですか?

宇都野:なってましたね。ガソリンスタンドが全部閉鎖してしましたし、コンビニでも食品の陳列棚も何にもなくって。今日の売り物、パンおひとり様1個までとか缶ジュース2本までとか書いてあるんですよ。ガソリンとか重油とか石油類も来ないものですから。インフラが寸断されているんですね。その関係でゴミ焼却場も稼働できないので色んなとこに山のようにゴミがあって、コンビニの前のゴミ箱も全部封鎖されているんですね。その中で、送迎バスが大熊町の仮設住宅へ避難してきた人を入浴施設に連れていくところに出くわしたんですけれど、皆うつろな目で呆然としていたのを見て、自分はこれから福島に関わっていくべきだろうなということを思ったんです。どういう関わり方をしたらいいのかということは分からなかったんですけど、毎月来るということだけはその時に決めて。翌月の4月25日から福島へ支援物資を持って行ったんですが、せっかくだから瓦礫処理のボランティア活動にも参加しようと思ったんですよ。

川井:それはその4月の25日に行った時にしようと思われたんですか?

宇都野:いや、行った後にです。その時は南相馬市としか連絡がつかなくて、それでやむ無しに南相馬市に行って瓦礫撤去の話をしたんですけど、見捨てられてる感じがしたんですよね。

川井:どこに?福島県自体に?

宇都野:例えば福島県から宮城県に入ってすぐに山元町という町があって、人口は3000人ぐらいなんですけども、そこの登録ボランティア数は500人いるんですね。南相馬市は人口が6万人か7万人で、ボランティア登録者数は40人くらいしかいなかったんです。

川井:それはやっぱり原発の関係で?

宇都野:そうですね。怖いから行けないっていう気持ちも分かるんですけども。

川井:1人で行かれたんですか?

宇都野:友達と2人で行きました。ただそれから(支援の仕方は)試行錯誤ですよ。文房具ならいいかなとか、色んなものを考えたんですけども、なかなか上手くいかなくて。体制を作ったりとか、そもそもモノが無いとかね。その右往左往していた5月あたりに、NHKで南相馬の学校給食が大変なことになってるという特集を見て、これだと思ったんですよね。しまった。そうだ給食を忘れてたよと。その時の状況としては、おにぎりとソーセージ1本とかそういう給食がずっと続いてたんですよね。

川井:それは福島県全域で?

宇都野:いや南相馬当たりだけですね。原発に近いところだけが特にそうだった。

川井:南相馬は避難はなかったんでしたっけ?

宇都野:いや、ありますよ。南相馬って20キロ圏内の部分と30キロ圏内の部分とそうじゃない部分の3つの部分があって、そうじゃない部分の瓦礫撤去のボランティアに行った時に「30キロ圏内の部分はまだ瓦礫撤去まだ実はやってないと。せっかくなので行ってきてください。津波に流されたところがそのまま残ってます」というので行ったら、本当に国道から向こう側の海が見えるんですよね。大体3キロぐらい見えたかな。たくさん集落があった場所が一望に砂が吹き荒れてるような感じになっていて、色んな物が散乱してて。さらに驚くのは、ところどころにカラスがたくさんいるんです。何故かというと、そのカラスがいるところの下の瓦礫のところに人がまだ埋まってるんですよ。そういう状況を見てしまうと、何か関わらなきゃいけないなと。そして関わるとしても、他のところはボランティアの人とかもたくさんいるだろうから、僕は福島だけに関わろうかなって、その時に思ったんですよね。それでその給食の話に戻るんですが、担当者に電話したら困ってるということで、じゃあこちらで出来ること考えてみますということで始まるんですけど、なかなか野菜を提供してくれる人がいないわけですよ。どうやって運ぶかとか、やっとのことで見つかった農家さんとかでもお金はどうしようかとか、そういう部分で上手く行かなくって、10月になって渥美半島で知り合った農家さんに車を出してもらって南相馬に支援物資の野菜を持ってったんですが。それがサラダプロジェクトの始まりです。

川井:2011年の10月。

宇都野:そうです。9月が第1回というふうにしてますけれども、実際僕達が行ったのは10月だったんですよね。それで南相馬を選んでよかったなと思ったのが、福島県内49市町村の中で「福島県内産の野菜は絶対使いません」と早々と宣言したのが南相馬だけなんですよ。だって怖いじゃないですか。今だって東日本というだけで怖いじゃないですか。それでも当時福島県内では、地元産のものを使い続けてたんですよね。

川井:使い続けるのは、農家さんとかを活かしていく為の措置っていうことですよね。

宇都野:そうです。でも とにかく 子供を守ろうということで、「私達南相馬市の学校給食は地元のものは使いません」ってはっきり宣言してるんです。そんな時にご縁が繋がってとってもよかったなと思って、ますますここに支援をしたいとなった。「信用が出来る」というんですかね。それで毎月無理してでも続けています。

 

 

 

 

たんたんと話して頂きました。

川井:今でも毎月行ってらっしゃるんですか?

宇都野:去年の3月までしか行ってないんですけど、今でも毎月必ず何かは送ってます。

川井:野菜を、どのぐらいの量を送られるんですか?

宇都野:軽トラ山盛りいっぱいぐらいですかね。ただ今南相馬には送っていなくって、福島県内の他の子育てグループですとか、相馬市の私立の保育園さんですとか、支援をしたいなと思う4箇所のところに送ってます。

川井:どうして南相馬市は送ってらっしゃらないんですか?

宇都野:あのですね、今お送りしてるとこは全部個人のグループだとか、あるいは私立の保育園なんですよね。南相馬って結局 行政なんですよ。で、行政の場合は流通が回復したら愛知県産のものでも取ろうと思えば取れるわけなんです。だけど民間のグループは難しいじゃないですか。そういうことで、担当した方と話をしまして。それからは、子育てグループの4箇所に送るようになったんです。

川井:まだまだ支援の手は足りない感じなんですか?

宇都野:それは足りないでしょうね。

川井:今は「八重の桜」で会津だったりあのへんは凄く賑わっていますけど、それでもまだまだ復興には時間がかかると思われますか?

宇都野:観光客は何もなかった時の半分ぐらいしかいないんですよね。

川井:そうなんだ。

宇都野:ただね、福島県の温泉地って3月11日以降すぐに廃業したところは殆ど無いんですよ。何でかって言いますと、仮設住宅の代わりに温泉旅館を使ってたんですよね。例えば一泊三食付きで5千円とか7千円。それは行政からお金が降りてくるんです。それが去年の9月あたりに全部仮設でなくなったら、皆バタバタと倒れて。もうやっていけないということで。

川井:観光客が来ないから。

宇都野:そうです。修学旅行も殆どキャンセルですよね。で経済の面も勿論大変ですけど、子育ての環境っていうのはますます悪化してるんですよね。

川井:例えば?

宇都野:やはり水からして不安なわけですよ。除染した土を置く場所がなくて密かに河原に捨てちゃったりすることも含めて、色んな原因がありますけどね。

乳飲み子を持つ母親はミルクを作るために安全な水が欲しいと思うじゃないですか。だから支援物資として来るミネラルウォーターってありがたいんですよ。

よくね、何ミリシーベルトだから大分下がって安心って言う人いますけど、あれは空間線量なんですよね。例えば、「あ、良い匂いだな。どっかに花が咲いてるかな」とか、「どっかにカレー屋さんがあるかな」とか、あれですよ。あの漂ってくる匂いと同じようなものです、空間線量って。でもベクレルで測った場合は、そこの土はどれだけ汚染されてるかというところですから。そのベクレルで見たら全然問題が解決してないどころか、これからどうなるか分からない。まだ収束はしてないですしね。

川井:大変な状況…。

宇都野:そんな中で子どもたちをなんとか ふるさと「福島」に根付かせようという動きがあります。

本当にね、暗くなることばっかりなんですよ。暗くなることばっかりの中でじゃあ何が出来るかとなった時に、実はあまり何も出来ないんですよね。子供を守るのは元々国家がやるべき事業で、それを民間がやろうとしてるわけですから、どだい無理があるわけですよ。だけど1つ言えるのは、野菜を提供させていただくことで、向こうの人が希望を見出してくれるわけですよね。1人じゃないんだと。私たちのことを見捨てないでくれる人がいるんだと。だから、希望を忘れずにいこうと。その部分だけでやってると言っても過言ではないような状況の中で、それでも大事なことだからやろうということで続けています。

川井:いつまで続ける予定ですか?

宇都野:一昨年9月に始めた時に、とりあえず3年やろうと思ったんですね。3年経った後にまた考えようかなと思ったんです。多分このまま行きますと3年経っても何の解決にならないですから、やり方を少しずつ変えていきながら続けていくしかないなと。

今福島にいる人っていう人は逃げたくても逃げられない、あるいは1回どっかに行ったんだけどもいたたまれなくて帰ってくるとか、そういう人なんですよね。でも大人はいいですけれど、自分の意思決定権がない子供達が可哀想だなと。なので、二本松に保育園を経営している方の関係で、子育てしている人たちを200人ぐらい集めて、月2回全国から集まってくる野菜などを配る青空市場をやってるんですけど、ある時その方に言ったんですよ。「ただで配らないでくれ」と。「お金を取りましょう」と。「その代わりそのお金を貯めておいて、夏休みとか春休みとかに子どもたちを少しでも避難をさせる費用にあてましょうよ」という話をしたんですよ。今そうやってて100万ぐらい集まったのかな。それで今回の夏休みは3箇所を点々としながら、40日間くらい福島県から遠く離れたところで過ごすということに繋げてるんです。または自立してもらうという意味で、送料だけはくださいという形に変えて。避難したいってなったらこちらで情報提供出来るようなネットワークを常に作っておくですとか、そうやって少しずつやっていくしかないんです。

この畑でそだったものも 東北に届ける予定です。

 

 

川井:なるほど、そうなんですね。HeartFestaも何かの形で関わって行きたいなって思うんですよね。支援という形でも、こういうことをやってる人たちがいることを広めていくっていうことでも。なかなかチラシだけじゃ伝わらない部分もあるんですけどね。

山田:でもさ、本当に知らないことは多すぎると思う。こうすればいいじゃんって思ったことが、よく考えたら出来ないから。例えばよもぎもね、ある時その方から電話がかかってきて、「ほうれん草収穫したんで送ります」って言って、でふと「もしかしてよもぎって要りますか?」って聞いたんです。そしたら「よもぎ餅とかよく作るから、あったら嬉しいです。今こっちじゃ採れないから」って言われて。あるけど採れないってふと忘れる。そういう環境にいないから。

川井:そうなんだ。結局ね、分かんないわけじゃないですか、こっちにいたら。そういうところで人の意識を変えようとまではは思わないけど、伝え続けていくことの大事さ。なかなか上手く回って行かないかもしれないけど、サラダプロジェクトさんを呼んでHeartFestaでお手伝いできたらと言うよりも、自分たちができることで何かが出来たら良いなって思ってるんですよね。

宇都野:ありがとうございます。少なくとも僕が大事だと思うのは、常に関わってるというか忘れないということですね。実は丁度9月から始めてもうじき丸2年なんですよ。自分で言うのもなんですけど、2年続けるのって結構大変なんですね。今月はもう良いかなって思ったことも何回かあって、ある程度自分で奮い立たせてやらない限り続かないんですよね。特に被災地支援って続かないと思うんです。だから全員にそれを求めませんけど、少なくとも忘れない努力が必要なのかなと思います。

 

 

川井:ツキノワグマの保護もやってらっしゃるんですよね?またどうして?

宇都野:自然が好きで環境保護というのは昔から興味があって、それこそ小学生の頃からそれに関心があったわけです。それで32歳がもうじき終わろうとしてる時に、「33歳の誕生日までに自分がやりたいことがちゃんと出来てない人はそのままダラダラいく人生だ」って聞いて、やばいと思ったんですよ。まずいなと。それで、踏み出さなきゃいけないと思って、自分は環境問題に興味があることは分かってましたんで、探したら東アジア湿地シンポジウムっていうのを見つけてですね、これだと思ってとりあえずここに行ったんです。

川井:直感ですかね それ。

宇都野:そしたらその時にお会いした方に「自然保護の問題ってね、例えばゴミの問題とか花を植えよう木を植えようと色々あるけど、でもなー宇都野くん。花を植えようとか木を植えようとか、ああいうのは華やかだけどな、うわっつらだけなんだ」と。「本当は泥まみれになるようなこととか、そういう地味で誰も見向きもしないような活動、これが一番世の中変えてくんだよ」と言われて、そうだよなと思って。それに 僕はずしんときて。そのあと自分で色々なことやっていくんですけど、6年ぐらい前に熊が何頭も殺されてるってニュースが流れたのを見て、可哀想だなって思ったんです。人間の都合だけで殺されてね、別に山に逃してあげればいいって。でも愛知県に熊いるのかどうかも知らなくて。その時 ちょうど僕23号のバイパスを自然環境に配慮した工事をしようっていうことで国土交通省と接触してたんですよ。

川井:すごい。

宇都野:その関係で行った愛知県の東三河事務所で、「東海自然歩道に熊出没注意」ってチラシをみつけたんですよ。みつけちゃったんです。

川井:いるじゃん!みたいな。

宇都野:いるじゃん!って。やらなきゃ!って。

(一同笑い)

宇都野:でもどうしたら良いんだろうと思った時に、たまたま日本熊森協会っていう存在を知ってたもんですから、熊森の本部に電話してですね、「愛知県に住んでます宇都野と申します、愛知県にツキノワグマがいることが分かりました。ついては熊森の会員になって愛知支部を立ちあげたいんですけど」「はあ?」って話になって。いきなり全然知らない人が電話したもんですから。

川井:愛知支部を立ちあげたいと。

宇都野:「はい?」って話で。でも とにかく 熱く語ったんです。そしたらとりあえず会いましょうとなって、それで会いに行って、そんなもん駄目とか良いとか簡単に話は終わるだろうと思ったら4時間も話をされて。それでじゃあ作りましょうとなって、愛知支部を作るべく準備委員会が立ち上がったんです。そしたら愛知県内に熊森の会の人が何人かいるって分かりまして、そこに声をかけながら活動を始めたわけですよ。その時に僕が思ったのは、「熊殺すの反対!猟友会反対!行政は何してるんだ!」ってこれは勿論大事なんですけど、それよりも実際に行政に行って話をするとか、あるいは実際にツキノワグマが出てる現地を実際に見に行って、猟友会の人と話をしたりとか、現場を知ろうよということで色んな人に声をかけるんですけど、動かないんですよ。福島のことと結局同じなんです。「あいつらは悪いやつだよねー」とか「たいへんだよねー」とか言うことは言うけど、じゃあ実際に現地を見てこようとなると、なかなか 動かないんですよ。それでそうこうしてる中で結局その会長から嫌われたんですよね。

(一同笑い)

宇都野:それで、追い出されてしばらく2,3人の仲間だけで活動してた時に、設楽町でツキノワグマが捕まったんです。その時には その設楽町の役場の人と関係が出来ていましたので、「助けてください」と言われて飛んでいきますよね。行ったら20人ぐらいが待ち構えてて。「山に逃さなきゃいけない」っていうことは愛知県の指針にもなってるんですけど、多分これ逃がさないなぁと。じゃあどっか引き取り先を探すしかないと思って、とっさに「どこか探しますから3日間待ってください」って言っちゃったんですよ。頭のなかで(しまった明日 田植えなのになーやばいなー)と思いながら。その次の日田植えやってたら「宇都野くんなにか迷いがあるのか?真っ直ぐ植わってないぞ」とか田植え機を貸してくれた人に言われて「あ、はい、まあ色々と」とか言って。

(一同笑い)

宇都野:そんな感じでどうしようどうしようと色んなとこに当たってみたら、3日後にすでに熊を飼ってる人が引き取りますと言ってくれて。その人が会津若松の人だったんです。そういう繋がりで福島県に行くことになるんですけど。

川井:じゃあその熊は今は会津若松にいる?

宇都野:いる。

山田:熊は設楽(したら)ちゃんって言うんだよ、

川井:設楽ちゃんて言うんだ。よかったね設楽ちゃん。

宇都野:ツキノワグマに麻酔かけて檻の中に入れて乗せていく時に「宇都野くんよくやってくれたな」って猟友会の会長さんとかに言われるわけですよね。で県の方にも「本当にありがとう」と言われてそこから話が進んでいって、今 愛知県のツキノワグマに関する専門委員をさせて頂いてるんです。

川井:へぇ そんなのがあるんですね。

宇都野:あるんです。それでそこで指針を作って、去年は放獣が2例実現してるんです。

川井:山に戻した。2頭も。じゃあ結構くまさんいるんですね。

宇都野:だから少しは進んでるんですよね。僕は口下手ですので人にはあまり言わないですけど、そうやって少しずつ進んでる。そんな活動を実はしてるんです。

山田:環境的にも熊さん戻れないと困るから、針葉樹ばっかりのところを半分広葉樹の森に直したいねって、そうするとお水も綺麗になるからっていうことを言ってるけどなかなか進まないよね。

 川井:それはどこ目指してるんですか?

 

 

 

宇都野:僕はツキノワグマだけを守ろうと思ってるわけじゃなくて、ああいう動物が普通に住める森、あるいはきっかけを作ることが出来たらいいなと思ってます。正直言ってサラダプロジェクトはいつ終わってもいいなと思ってるんです。だってね、本来被災地支援ってずっと永続的にやるもんじゃないわけですよ。だけどああいう状況だから半永続的にやらざるを得ないと。僕の日常と非日常って捉えた時に、日常のほうが農業であり、野生動物の保護なんですよね。そして同じ生命の問題として、非日常のそのサラダプロジェクトがあるという。そういう位置づけです。

山田:その非日常がいつまで経っても終わらない。

川井:だって収束しないもんね。

宇都野:どこまでいくのかなーって。

川井:いくところまでいく。

山田:シェーナウのって見た?そこの地域の人達がね、熱いんだわ。

宇都野:要するに、ドイツの小さなシェーナウ街で、原発の電気に頼らず自分たちで発電所を作って自立しようって言うことを実際やったんです。

山田:10年ぐらいかけてね。それの権利を勝ち取るっていうドキュメンタリーみたいな映画があってさ。それを見てて私思ったのは、日本人てこういうパワーに欠けるよねって。ああいう熱い思いを皆が出さないと、変わらないのかもなって。

宇都野:南相馬に瓦礫撤去に行った時に、ギター抱えたロン毛で茶髪の若い男の子がいたんですよ。「え、この人が?」って思ったんですけど、自己紹介した時に彼が「東京に住んでます。いてもたってもいられなくて福島の人たち、南相馬の人たちのために来ました!」って言ってて。凄いなと思ったんです。若い人って、「こういう風じゃないといけない」っていうのに捕らわれないし、しかも優しいんですよ。経済至上主義とも違う人が多いじゃないですか。だから僕ね、そういうところに一番可能性はあるんじゃないかって思ってます。

川井:私もそう思います。そういう人達がきっと世の中変えてくれるって。

 

 

 

なすびの赤ちゃん

 

 

:最後に、HeartFestaの来場者様へのメッセージをお願いします。

宇都野:はい。まあ福島のことっていうと、凄くおもーい事に思われるかも知れませんし、また遠い事に思われるかもしれませんが、明日は我が身ですよね。そういった部分を少しでも感じ取っていただければありがたいですし、ただ未来に対して可能性というのを失わずにやってきてますので、是非その可能性というのも皆さんで自分なりに感じ取っていただけたらなと思います。それとツキノワグマに関しては、自然のサイクルの中で人間はほんの1つの歯車であって、むしろ野生動物が作り上げた森のおかげで豊かな水に巡りあってますし、そういった自然の恵みという部分を感じ取っていただけたらと思いますので、よろしくお願いします。

 

ありがとうございました。

 

 

深い 重い話を沢山していただきました。

これが 東北の現実なんだなぁと感じました。

 

ハートフェスタでは 12月頃に サラダプロジェクトさんの

お芋収穫のお手伝いに入ります。

このじゃがいもは 福島支援のために宇都野さんが種芋を取り寄せたもので

9月の植え付けもお手伝いさせていただきました。

 

大きくなるのが楽しみです。

みなさんも是非 ご参加くださいませ。

 

 

サラダプロジェクトさんのHP   http://saladp.seesaa.net

畑に行かせていただきました。

肥料の燻炭(炭もみがら)

いろんなことをされています。

宇都野さんでした。